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ひかげぼっこ、春。

 

 

水で溶いたような淡い青空は、肌に生暖かい、春の空気のせいなのか。

 

 

わたしの苦手なイベントをランキングにするなら、とりあえず「入学」は上位にランクインする。

 

真新しい、かっちりとしたブレザーは、特に肩のあたりが重くて、身体になじまない。

中学のころのセーラー服も、あれはあれで襟カバーが重かったのだけど、ともかく「新」という状態が、ぎこちなくてイヤなのだ。

 

 

この高校、滑り止めだったから余計にそう思う。入学式なんて来なければいいのに。

仲のよかった友達はみんな公立に受かって、わたしだけアウェイなのが、面白くない。

会話にもついて行けなくなるんだろうな。

 

 

「いい天気ねぇ杏子(きょうこ)。ね、車ってあの交流館の駐車場に停めていいよね?」

 

 

窓の外に投げていた視線を、交流館のほうへ移す。

わたしに聞くまでもなく、駐車場には新入生とその親らしき人たちが出入りしていた。臨時駐車場という看板も立てられている。

 

 

「いーんじゃない。案内にも書いてあったし」

そうねー、と答えながら母が駐車場に入る。

 

 

「うわ、みんなスカート短い」

わたしも少し思っていたことを、母が代弁してくれた。

 

 

制服を受け取って最初に思ったことは、「最初から短いスカートってわけじゃないんだ! むしろ長い!」だったが、アレはちょっと、下にスパッツを履いてるからって、短すぎる。

 

屈んだら見えてしまうのではないかとさえ思う。わたしは膝上にする程度でびくびくしてるっていうのに。

 

「杏子はそれ以上短くしちゃだめだからね」

「しないしない」

 

面倒だし。

 

車を降りると、辺りを満たす菜の花の匂いが、陽の光で暖められて、むっと全身を圧迫してくる。

「いい匂いねー」

 

残念ながら、そうは思わない。

と言ったら、曲がった性格してると友達できないぞーと脅された。

 

何が「自然に囲まれた緑豊かな校舎で、よりいっそう充実した学校生活と勉学にとりくむことができます」だ。

 

ただ単に田舎なだけなのに、さもそれが学校の売りみたいに置き換えるやり方が、短所を長所に聞こえるように訓練させられた高校受験の面接を、思い出させる。

 

別に都会がいいってわけではない。ただやり方が「本当」を隠しているみたいで、なんだか胃が落ち着かない。

 

 

高校まで歩く農道では、春うららな陽気にあてられたのか、どの子も楽しそうに談笑しながら、蝶のように軽やかに足を運んでいる。

実際小さな黄色の蝶が、畦道に咲くシロツメクサの上で跳ね回っているけれど、蝶って確か、死とか魂とかを象徴するってどこかで読んだ記憶がある。

 

だめだ、入学するのがイヤすぎて、思考がプラスにならない。どんどん曲がっていく。

 

屈折し、ふさぎこんでいく思考は、岩に当たって方向を変える川の流れのように、もう自分では止められなくて、どこまでも流れて、また岩にくだけて、深遠へと誘い込こまれていく。

 

 

「あ、はるちゃ……、城野(きの)さん?」

 

 

凛とやさしく通る声に振り向けば、若菜色の着物姿の女性がにこやかにこちらを伺っていた。

 

その隣にはわたしと同じような色の濃いブレザーを着た、ショートボブの女の子が立っていて、全体的にすらりとした身体がまとう雰囲気が、着物の女性とそっくりだった。

でもなんか……化粧してるし、スカートもめちゃくちゃ短いし、気が強そう、というかこわい。目つきが。うわ、目が合っちゃった。

 

 

さっと目を背けると、母は記憶をたぐるように数秒悩んだあと、明るい顔で、パンと手をならした。

「もしかして、鈴ちゃん! いつこっちに帰ってきてたのー? もう何年ぶりかなあ!

「高校以来だから……やだ、数えたくないーっ! こっちには先月帰ってきたばかりなの。はるちゃん、元気だった?

 

母さんの知り合いか。ふたりは、年賀状ありがとうだの、結婚式に行けなくてごめんねだの、あれ以来どうしてただの、この季節に負けないくらい話に花を咲かせ始めた。

 

 

気まずい。

 

 

何がって、親二人は友達だったかもしれないけど、放置された娘同士は、お互い名前も知らないのだ。話せることなんて何もないし、話しかけて嫌われたらどうしよう。いやそもそも類(タイプ)からして、この子と仲良くおしゃべりができるとは思えない。

 

お互い宙ぶらりんな状態で、気まずい。

 

 

目が合うとなおさら気まずいから、視線を砂利道に落としてぼんやりと待っていると、「ほら杏子、挨拶しなさい」と母に肩をつかまれた。挨拶……挨拶って何を。

 

 

言葉に詰まって口の中でもごもごさせていると、着物の女性(鈴さん? そう呼ぶしかない)がそっと隣の女の子の肩を持って、自分の前に引っ張り出した。うわぁぁ、そんなことしたら目が合っちゃうううう。

 

 

「杏子ちゃん、ね? わたし、はるちゃ……お母さんの、高校時代の友達で、日比谷(ひびや)と申します。で、こっちが娘の枝理(えり)です。仲良くしてやってね」

 

無理です。

 

とは言えずへらっと薄い苦笑いをすると、母が隣から「ほら、こちらこそよろしくは?」と言ってきた。そう言われてから「こちらこそよろしく」って言うのって、超恥ずかしいってわかってほしい。言わないのも情けないけどさあ。

 

「よよ、よろしくね」

 

どもった。最悪だ。

 

目の下あたりがカーッと熱くなるのと同時に、自分の手が、ひんやりとしたものに握られたのを感じた。

雪みたいな冷たさにびっくりして見てみれば、「枝理ちゃん」の骨ばった手だった。

 

「うん、こちらこそ、よろしく!」

 

……あ、れ。意外と元気な子だ。

もっと薔薇っぽいツンとした子かと思っていたけれど、どっちかっていうと性格はひまわり気質なのかもしれない。

級長とか、生徒会役員とかやる雰囲気がある。でもやっぱ目つきがこわいのは変わらない。

 

お互い、類が違うってわかってる。だからこれは、最初だけの、上辺だけの「よろしく」だ。それも多分、お互いわかってる。

大体、クラスが一緒だとは限らないし。普通科だけで8クラスもあるんだから。

 

 

「あ、受付が終わっちゃう」

「そろそろ行きましょうか」

 

 

母さんが腕時計を見たことで立ち話もやっと一区切りし、ぞろぞろと歩みを再開した。

 

やはりというか、わたしと彼女との間に会話は少なくて、せいぜい彼女から部活は何に入るのかっていう質問があった程度で、一言二言でぽつぽつ途切れて、他に話すことも見つけられずに最後は無言になった。

 

タイプが違うから共通項が見つけられない。どんな話をしたら相手に引かれないか、限度がわからない。

 

そして娘のそんな状況は露と知らず、母同士は楽しそうに談笑しながら、イライラするくらいゆっくりと後をついてくる。

 

 

いつまでこの「親だけ仲良しこよし」状態が続くのかとうんざりしていたが、案外、入学式が始まってしまえばそれはあっさりと終わりを迎えた。あれほどイヤだったイベントが、ここでプラスに働くとは。

 

偶然にもクラスは、彼女……枝理ちゃんと一緒の7組だったが、「城野」と「日比谷」では名簿順だとすごく離れる。

 

入学式の席は名簿で割り振られていたため、これでひとまず気まずい思いはしなくて済んだ。

 

保護者席とも離れているし、遅くに受付をしたため、席がちょうど空いていなかったらしく、母親二人はばらばらに座らざるを得なかったみたいだ。

 

式が終わっても保護者はまだ体育館でいろいろ説明会があるようで、

生徒だけ教室に返されてそこで担任が自己紹介タイムを始めれば、必然的に名簿番号の近い子と仲良くなるわけで、

 

なんとなく類が一緒かどうかもわかるから、グループが形成されて、

気がつけばわたしはそれなりな(地味ではないけど派手でもない)グループ、枝理ちゃんは派手グループの一員になっていた。

 

 

母さん、ひねくれていても、なんとなく友達はできるみたいです。

 

 

主にスカート丈が国境になったような気もするが、雰囲気が似ていると寄りやすいというのはある。

枝理ちゃんも、彼女なりの輪の中で気楽そうに自己紹介をし合っていて、やはりわたしと喋るのはつまらなかったのだろうなと察しがついた。

何も悪いことをしたわけではないのに、ちょっと申し訳ない気分になる。

 

 

ひととおり、周りの子とメアドの交換も済ませ、明日からどういうポジションで生きていくのかが、とりあえずは決まった。

 

地味でもなく派手でもなく、無難に、引かれないように、外されないように、でも目立たないように。

 

 

こうして、入学という大きなイベントが終わった。

 

 

そしてすぐに、苦手なものランキングを修正させられることになる。

 

 

 


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