入学式から早二週間は経った。いろいろな手続きや教科書の購入も終えて、先週からは普通に授業が始まっていた。
ガタンと電車が動き出す。
どうしてよりにもよって、この高校を受けてしまったのだろう。
何度も考えるが、答えはわかりきっていて、家から一番近い私立だったから、だ。
それにみんなと同じ学校に合格すると思っていたからだ。叶わなかったわけだけど。
距離としては電車で30分くらいで、
丁度人が乗り込んでくる駅よりもひとつ手前で乗れるからいつも座席に座れるし、
私立には珍しくスクールバスがないことなんて、遠いよりは遥かにマシだと、別にかまわないと思っていた。
わたしはそれを最近、とてつもなく後悔している。
「それってタナヤンが椅子の上で寝てたってやつでしょ?」
「そうそう、笑えたよねー、あんな先生なかなかいないし」
「杏子はアレ、覚えてる?」
わたしは曖昧にハハ、と声を押し出した。
今の話題の中心は、理科の田中先生だ。
実験だとか言ってよく理科室に泊り込みをしている先生で、
口癖は「学年主任と校長にはくれぐれも! くれぐれも!」だった。
理科部の顧問で、部員にはときどきビーカーで、具の無い味噌汁をごちそうしてくれた。
目の前に立つ三人が、何の話題で笑っているのかもわかる。
朝、当番の部員がメダカの餌をやりに行ったとき、準備室で白骨標本と抱き合いながら眠る先生を発見して、
部員は「まあタナヤンだしいいか」ってことで放っておいたらしい。
しかしその後田中先生は職員会議どころか授業にも現れず、
靴と出勤届けはあるからどこかで気を失って倒れてるのではってことになり、
終いには校長先生が校内放送で探しまくり一時校内が騒然とした事件があった。
放送を聞いた部員が慌てて、先生は準備室に居るってことを伝えて、その場は解決した。
が、裏掲示板にはでかでかと、白骨標本と絡み合いながら、並べた木椅子の寝床につく先生の写メが流出し、それもそれで後々問題となる。
今三人が笑っているのはこの写真のことだ。
理科部員だった者同士、互いに共有している思い出について盛り上がっているのだ。
だけどこの、ぎこちない感じは何だ。
頭上でなされる会話に、合わせる程度に相槌を打ちながら、わたしは身を守るように、重い鞄をぎゅっと抱いた。
もっと遠くの高校にすればこんなことにはならなかった。
わたしが乗ったひとつ後の駅で彼女たちは、一緒に乗ってくる。車両が違うこともあるが、登下校の時間が重なる日はこうしてたまに会うのだ。
今朝会ったので五回目くらいだろうか、その五回ともに妙な空気の淀みを感じていた。
話せることが「過去」にしかないからか。
そして話題に詰まると毎回「タナヤン」頼みの話題に流れていく。
そろそろ田中先生の武勇伝も尽きかけて、次に会ったときには洗剤を誤飲して腹痛を起こした話も、二巡めになるだろう。
いつも同じ流れの会話に、無理に笑おうとする皆の口の端が苦そうだ。
誰も彼も、気がついていないはずがない。
楽しいけど、渋いって思っているはずだ。なんで話題がもたないんだろうって思っているはずだ。
気まずいな、話しづらいな、笑っているのになんだか疲れるなって、思うはずだ。
でも見なかったふりをする度胸はないから、見つけたら話しかけきゃと思っている。
その全然笑っていない「笑えるー」って言葉は、そういうことなのでしょう?
そんなことを言ってみる度胸が無いのは、わたしも同じだ。
視界を、カーテンのように覆う三人の地味な紺色の制服が、わたしの濃いねずみ色のブレザーと、赤いチェック柄のスカートを浮き立たせる。
わたしもその制服だったらよかったのに。
デザインが新しいとかリボンが赤いとか、そういうのはいいから、地味でも、皆と同じ制服が着られたらよかったのに。
制服ひとつで、まるでもう国が違うようで、言葉も変わってしまうようで、鞄を抱きしめる腕に力が入る。
早く終われ。
彼女たちは15分もすれば高校の最寄り駅で、降りて行った。
ほっとして眉間の力が抜けたように見える笑顔で、「またね」と言い合う。
「元同中生に出会う登下校の電車」が、すでに苦手なものランキングの一位になっていた。
相変わらず二位には「入学」がランクインしている。やはり新しいことはイヤだ。
「新」という状態は、必ず状況の変化を伴っているから。
目的の駅に近づいたので、鞄を肩にかけ直して立ち上がる。
車窓の向こう側には住宅地がずらっと広がって見えるが、改札口の西側には田畑が整然と敷かれている。
その農道をひたすらまっすぐ歩いたところにあるのが、高校だ。
「あ、おはよー城野さん」
駅を出ると、別の路線で来たクラスメイトとよく会う。
元同中の子と話すのも苦手になりつつあるわたしが、それと同じくらい苦手なのが、新しくできた友達と話すことだ。
新しくできた友達とは、逆に、「これからのこと」しかまともに話し合えないのだ。
テストどうなるだろうねとか、部活はどこを見学したかとかだ。
過去の話もするにはするけれど、たいていは変な先生自慢や、やってた部活の話やらを、一方的に話すか聞くだけになってしまう。頼みの田中先生の武勇伝はもうネタ切れだ。もっと変なことしておいてくれればよかったのに。
他人に話すような話のネタが切れると、残される話題は「これからのこと」談になる。
これもだいたいジャンルは勉強と部活に絞られて、もはやマンネリだ。
ふと会話が途切れる、ということが増えた気がする。
最初は気質が同じっぽいと思って寄り合ったメンバーなのに、会話の糸はぽつりと寸断され、
最後には本かケータイかトイレに逃げるのが定石だ。
仲良くしてはいるけど、今一歩踏み込めない感じがあるのは、趣味の話を浅くしかできないからか、それとももっと別の何かが原因なのか。
なんだろう。
あっちでもこっちでも、建てつけの悪い障子戸のような、ひっかかるぎこちなさ。
「それで今日の予習さー」
「うん」
さえぎるものが一切ない農道では、穏やかな春の陽気が、背中を焦がすようにさえ感じる。そろそろ後頭部が熱い。
田んぼから香る、新鮮な土のにおいが、菜の花の匂いとともに鼻腔を満たす。ああ、春だな、と思う。
話を聞きながら、並んで歩く友達の顔を盗み見る。
どうせわたしと同じく、ここに来たくて来たわけじゃないんでしょ、
どうせ別の学校に心を許した親友がいるのでしょ、
ここで仲良くしたって、クラスが変われば終わってしまう程度の細い「友達」なんでしょ、
高校が終わったら二度と会わなくなるような他人には、やはり壁があるのでしょ?
あなたの過去は、一方的にしか語れない、わたしの知らない「あなた」の歴史そのもので、
わたしは今の「あなた」を作った歴史に一切関与できなくて、この逆もそうで、
せめてこれからのことを話すくらいしか、時間を共有できない。
そう感じ始めたら、今までどうやって「おしゃべり」してきたんだろうって不思議になった。
無意識にできていたことが今は、考えててもできなくなってしまって、
楽しく話せてるって思ったときでさえ、ふと冷静になって簡単に笑みを潰せることに気がついて、
やっぱり、苦手だと思った。
そしてわたしはますます曲がった性格になっていると思った。
一位「元同中生に出会う登下校の電車」、二位「入学式」、同じく二位「同級生との会話」。
ランキングは当分これで固定だろう。
そう思った数日後、再びランキングを修正させられることとなる。