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「あ、」

と声にしてしまってから、しまったと思った。

まさか、電車の中で会うなんて。今まで会わなかったのに。

席についていた相手も小さく声を出した後、しばし見つめ合う。

 

 

「お、おはよう、枝理ちゃん」

「あはは、……おはよう!

 

枝理ちゃんはなんだかほっとしたみたいににこっと笑んだ。きつい目つきがふわりとゆるむ。

 

ひゅう、と電車が滑りだして、慌てて彼女の座席の手すりをつかんだら、向き合うかたちになった。

 

 

ど、どうしよう、何かしゃべったほうがいいのか。

とりあえず当たり障りのない質問を……。

 

「この路線使ってるんだね」

「うん、今まで会わなかったねー」

「そうだね」

 

しまった、これ以上、このネタは広がりようがない。学校まで無言で過ごすというのは、私がつらい。

 

 

枝理ちゃんと共有できる話題なんてあるはずもないから(入学式で実証済みだ)

学校のこととか、車窓からの風景とかから話題を引っ張り出すしかない。がんばれ、わたし。

 

「この辺って田んぼ多いよね、つくづく田舎だなーって思う」

それがどうしたって言われたら困るけど、これくらいしか言うことがない景色を恨みたい。

 

「あはは、そうだね」

「で、でも、最近水を張ったみたいだからさ、水面に空が映って、夕方とかすごい眩しいんだよね」

 

キレイ、じゃなくて眩しい、という言葉を紡いだ自分の唇に、若干の苦味を感じた。

やっぱりひねくれてるな、わたしは。

 

すぐに返事がこなくてふと枝理ちゃんの顔をうかがうと、彼女ははっとして、眉を寄せて薄く笑った。

 

「あー、そうだねぇ」

 

 

……ばかにされた気がした。

 

 

「キレイといえばさ、井染 (イソメ)神社の桜並木知ってる?

 

今度は彼女が話題を振ってくれるけれど。

 

 

 

無理に話を合わせようとしてくれなくていいよ。そんな顔をするなら、わたしと話そうとしてくれなくてもいいよ。

 

 

とは、言えない。

 

「井染神社って、井染駅で降りたところの?

「そうらしいよ。いつもより遅咲きらしんだけど、もうすぐ見ごろなんだって、みんなが言ってたから」

 

流行にノッてる感じの女子高生と、地味でも派手でもない女子高生が話す姿は、

傍から見てもぎこちなく映っていることだろう。特にわたしが。

 

 

「へー、降りたことないや……」

「あたしもないんだけどねー。お花見とかもう何年やってないかなー」

「わたしも五、六年行ってないな、お花見」

 

 

ここでばっさりと会話が続かなくなった。お互いお花見に対する思い出が薄すぎて、何も話せないのだ。

 

この会話の流れで、あと20分をどう潰せばよいのだろう。

途中で井染駅を通過したけど、壁が邪魔で、駅のホームから桜並木は見えなかった。

 

 

 

がんばっても、会話がもたない。この現象に陥ったときに、ほどほどに関係の浅いわたしたちは、

次に電車内で会っても、無理に話しかけようとはしなくなった。

 

 

どうしても電車がかぶったときは、お互い姿は視界の端に捉えているのだけど、

話しかけなくてはいけないという意識になる距離よりは離れて、席をとる。

 

そちらのほうが、不思議と気まずくない。

 

でも矛盾したところでは、暗黙のルールが成立してしまったことで、前よりも余計、話しかけづらくなったような気がした。

ルールを破ってはいけないような、そんな気がしてしまうのだ。

 

あと申し訳ないことに、枝理ちゃんのつり目がまだこわい。

 

 

そして今日も元同級生と電車がかぶる。こっちは、ちょっと気まずい。

 

「ねえ杏子、部活何に入った?」

「帰宅部だよ」

 

 

これ、何回目のやりとりだろう。

 

高校でも同じ会話が繰り返されるので、むしろこの話題について話してない人を見つけるのが困難になっている。

誰が何部とか、混乱してしまう程には、この会話をしたと思う。

 

 

「あ、そうだった」

目の前の彼女も気まずそうにそっと目をそらし、ほかの二人も話題を見つけられなかったらしく、会話が途切れた。

 

 

彼女たちの制服カーテンの隙間から、東側の車窓の斜陽が、細く、ルビーのように輝いて差し込む。

今日もいい天気だ。

 

相変わらず彼女たちとは、会えば口の端が苦い会話をする、というルーティンが続いている。

そろそろお互いに疲れるころだ。

 

わたしもいい加減、鞄を盾にして抱えるのに疲れているけれど、癖のようになってしまって、

四月に買ったばかりの新品の鞄が、強く抱きしめすぎてやけに擦り切れて見える。

 

 

視界の端の、枝理ちゃんを盗み見る。そういえば彼女はいつも、ひとりで登校している。

仲のよい子はもう一つの路線から来ているということか。あっちの路線は中心街を通っているので、利用者が多い。

 

 

枝理ちゃんは目つきが鋭いだけでなくて、なんだか、ツンとした空気を身にまとっている。

 

話していればそうでもないのだけど、ひとりでいるときは、近寄りがたい雰囲気を張っている。

近寄りがたい、というより、あれは……近寄らせない、という意思に近いかもしれない。

 

 

そもそも彼女は先月、こちらに越してきたばかりではなかったか。

土地も、人も、何もかも知らないところからのスタートだったんだ。

 

 

わたしは必死に鞄を抱きしめていて、枝理ちゃんは何故かひとりでピリピリしていて、

目の前の三人衆は視線をうようよ泳がせて、

 

そろいもそろって、何をやっているのだろう。

 

 

会話はいつまでたっても交わりをみせないマーブル模様で、当たり障りの無いラインを探して言葉に詰まって、

それをなんとかしたいとがんばってみるけどダメで、気まずくて、そして一番最悪な事態は、みんながみんな、このぎこちない空気を自覚しているということなんだ。

 

自覚しているけれど、今のマーブル模様を崩す勇気もなくて、ずっと同じようにぐるぐるしている。

 

 

どうやらわたしが一番、意気地がないらしい。

だって、もう十分疲れたのだ。

 

 

 

「井染―、井染―、お出口は」

 

 

 

『みんながそう言ってたから』

 

 

 

 

「ちょっと、ごめん」

「え? 杏子どこに……」

 

 

わたしは三人衆の間を縫い出て、彼女の座席の前に立った。

彼女はそのつり目で、ぱちくりとわたしを上目遣いに見た。

 

「枝理ちゃん、見に行こう」

「な、何を」

 

返事をせずに彼女の手首をつかんで、車両の外に飛び出した。

 

 

プシュ、と空気の抜ける音とともに扉が閉まり、三人衆が呆然としている姿が目に入ったが、電車が発車するとすぐに見えなくなった。

 

 

「ちょ、杏子ちゃん……?

「ご、ごめん」

 

勢いでやってしまってから、猛烈に後悔の念に襲われて、彼女の手首を離してうなだれた。

当然ながら、わたしに付き合わされただけの枝理ちゃんは、当惑顔でわたしの顔を覗き込む。

 

「え、そこで謝られても困るんだけど」

「ほんとごめん、つい」

 

 

つい、途中下車というのをしてみたくなった。

つい、見たいと思ってしまった。

 

 

「桜並木を、見に行きたいなと思っ、て……」

 

 

ああ枝理ちゃん、そんなに見つめないで、そのつり目で見つめられると、もとから無い自信をどんどん失う。

 

 

「そ、その、別に今じゃなくても、かかか、帰りとかにひとりで見に行けばよかった……うん、帰りとかにすればよかった……ごっごめんねー、勢いだけで! 次の電車は20分後か、ぎりぎり学校間に合うよ……!

 

もごもごと、どもりながら、顔は引っ張られるようにだんだんとうつむいて、枝理ちゃんの顔を見るどころではなかった。

 

終わった。何事も無く平和に平坦になんとかやってきた枝理ちゃんとの、薄い友達関係が終了した。

何やっているのわたし。ばかでしょ、絶対ばかでしょわたし。

 

 

 

「……いいよ」

「ばかでごめんなさ……え?」

 

 

重い頭を恐る恐る上げると、枝理ちゃんは目の前にはいなくて、すでに改札に向かっていた。

 

「次の電車がくるまで、お花見しよっか!

 

こちらを向かないで、枝理ちゃんはさっさと改札口を出てしまった。

 

「う、うん」

最初の勢いが見事にしおれたわたしも、彼女に続いて改札を出た。

 

 

初めての途中下車に、少なからずわくわくしながら。

 

 


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